遠い遠い宇宙の彼方からすごい光の筋が飛んでくる。それは一直線に宇宙のはしにある、太陽系へと向かっていた。地球にぶつかって、ものすごい閃光が走って、光が四方に散らばっていった。
それからまもなく、とある三陸のリアス式海岸を巨大な津波が襲った。たくさんの人々が亡くなり、家も町もみんな波に飲み込まれてしまった。
ケンタは5歳。運良く、高台に住んでいたため、難は逃れて家族は無事だったが、町の人や知り合いにも多くの亡くなった人がいた。
巨大な津波から半年が経った、ある晴れた日。
なにもなくなってしまった海辺の町を、ケンタは母と歩いている。
明日、ケンタは母親とともに東京のとある郊外に引っ越すことになっていた。
ケンタは母親から離れて海の近くへ歩き出す。まだ近くでは警察の人たちが、行方不明の人を捜索している姿もあった。
ケンタ「あれ?」
なにか、岩陰にキラキラ光るものが目にとまる。なんとなく近くに寄ってみる。
「あまりそっちに行っちゃダメよ」母は地元の消防団の人と挨拶を交わしながら、ケンタに注意をした。
ケンタは聞こえないふりをして、キラキラ光る物のほうへ行ってみた。拾ってみると卵ぐらいのコロコロしたピンク色のゴムボールのようなもの。プニュプニュして柔らかくて温かくて、不思議な感触だった。
母親は、まだおしゃべりしていた。みつからないようにそっとポケットに入れてしまった。ポケットがふわっと温かくなった。
ケンタはそのあと、母と一緒に家に帰ったが、そのままポケットの中の物のことを忘れてしまう。
それから5年。ケンタは東京のとある郊外の小学校5年生。
母親は仕事でいつもいない。あの地震の後、父と母は離婚して、ケンタは、去年、母親と二人で引っ越してきたのだ。
ケンタは友達と遊ぶのは苦手だ。というより、そもそもケンタには友達がいなかった。
ケンタはいつも学校が終わると、一人で家に帰って、ゲームしたり、あきるとマンガをみる毎日だった。母親は働いていて、いつも夜8時過ぎにならないと帰ってこない。先に一人でご飯を食べて、お風呂に入って、母親が帰ってくるまでテレビを見て過ごす。一人で出歩いたりもしない。いつもあまり話さないけれど、疲れている母親が心配しないように、ケンタなりに気遣っていた。
ケンタは、本棚の奥にいる不思議な物体のことなどまったく気づくこともない。しかし、小さな点がいつの間にか二つになり、少しずつ動き始め、じっとそのときを待っていた。
今日も、学校が終わった後、相変わらず誰もいない家の中で、ポテチの食べながら一人ゲームをするケンタ。急に本棚がガタガタいって揺れ始めた。ケンタは「あっ、地震」と思わず叫んで、机の下に潜った。ガタガタと結構揺れた。ケンタが住んでいるこの家は、母親の実家で相当に古くてやばい。
「うわぁあ」とケンタは頭を抱えて体を丸めた。本棚の本やフィギュアやお菓子の缶が落ちてくる。地震はけっこう大きい。一瞬、ケンタは、小さい頃の大きな地震でみんなと机の下に潜ったこと、大人達がみんなしずんだ顔をしていたこと、何もなくなった町の景色、・・ピンクのボールを拾ったことが頭に一瞬よぎる。
と、次の瞬間、本と一緒に小さなピンク色のピンポン球くらいのボールのような物が落ちてきた。机の中に潜っているケンタの前に、コロコロ転がって来て、ぶるぶる震え出したと思うと、突然それはパカっと割れた。
そして『くぉーん』と鳴いてひよこくらいの小さなピンク色の恐竜の赤ちゃんみたいなものが出てきた。
形は恐竜のようだが、スベスベしてプニュプニュしたピンク色の生き物で、丸くて足のようなものはわからない、でも目はクリッとしている。
「?!」
ケンタは驚いてはいるのだが、怖さはまったく感じない。だって、とっても可愛いのだ。ケンタは机の下にもぐったままそいつと目が合った。そしてお互いじっと見つめ合う。お互い動かない。
ケンタは怖い物見たさで、そうっと近くのポテチの袋に手を伸ばす。目はそいつから離さずに・・。そいつは、片方の目をケンタに、もう片方の目はケンタの手の行方を追う。
ケンタが袋から一枚、ポテチを手にして、そおっっと、そいつのほうへ近づけてみる。
内心(かみついたりしないよな?)とびくびくしながら・・。
そいつはケンタの顔を一瞬見てから、パクッと勢いよく食べた。
美味しかったらしい。物欲しそうにケンタの顔をじっと見る。
面白くなって、ケンタはまた袋からポテチを1枚つまんでそっと渡そうとする。すると、そいつのほうから突進してきて、あっという間に食べ終えた。
次にケンタの顔をちらっと見たあと、もうケンタを待たずに、そいつはポテチの袋めがけて体ごと突っ込んで、勢いよくお菓子を食べ始めた。
瞬く間に体がどんどん大きくなっていくのか、ポテチの袋がふくらんで、裂けた。そいつは、『グぉーーーーんん!!!』というような、大きな声を上げて、思いっきり伸びをして巨大化していった。家がミシミシいって揺れる。
「わ、わ、わぁぁぁ・・」ケンタはあまりにびっくりして声を出すが声にならない。
と、そいつもなにやらもがいている。どうやら成長したのはいいが、頭が天井につっかえて、首がまっすぐにならない様なのだ。
「うう、クク・・」と、そいつも声にならない声で、天井に頭を押しつけてさらに伸びをしようともがいている。
と、天井との間でもぞもぞしながら、ふとケンタを見た。
ケンタはあまりにびっくりして呆然としている。口を開けて、唇が少し震えている。
「あ、わわっわわ・・」
ケンタの様子を見て、そいつはキョトンとした顔をする。
「?!!」自分が大きくなったことにいまいち気づいていない。
なにか気まずくなったのか、急にヒュルヒュル・・スススっとそいつの体が小さくなっていき、もとのひよこサイズに戻って、ポテチの袋の上にちょこんと座った。
ケンタはなにがなんだがよく分からないが、ただ目の前のそいつの動きを唖然としてみつめる。やっとケンタは机の下から這い出てきて、改めてそいつの前に座った。
双方、声も出せずに見つめ合う。ふとそいつの顔を見ると、そいつは顔中にポテチのカスをいっぱいつけたまま、目をクリクリさせている。
巨大化したところは置いておくとして、やはりケンタには怖さはまったく感じない。人なつっこそう。
ケンタは目の前の変な物体に、なんかやけにおかしくなって、ククククっと笑ってしまった。
そいつは自分が笑われていることに気づいたらしい、目をくるりと一回転した後、自分の顔をぺろんと舐めて綺麗にして、そしてもう一度ケンタのほうを見て、ニコッとしたように見えた。
そいつの目が(綺麗になった?)と語っているようなのだが。
ケンタはクスクス笑いながら、うんうんと頷いてみる。
とそいつは、ニコっとして(というようにケンタは見えた)、そしてとても得意顔になって、もぞもぞとケンタのほうへ近づいてきた。手も足もない、ともかくへんてこな奴なのだ。
そしてケンタの前へちょこんと座ってケンタを見上げた。