ケンタはそいつをじっと見つめる。そいつもじっと見あげる。
一瞬の間。
「君って・・、なに?」気を取り直したケンタがやっとひとこと言った。
そいつはよく分からないのか、へんてこな顔をしてまたじっとケンタを見ている。
見た目は恐ろしくはなさそう、でも体が変化するらしい。ともかくこんな動物はいままで見たこともない。小さな恐竜にも似た感じだけど、手も足もしっぽもない。恐竜とも違うな。それに目がとってもかわいい
(あっ、そうだ!)
ケンタは、思い立っておそるおそる本棚から図鑑を持ってきてそいつの前に置く。タイトルは「世界怪獣大辞典」
一生懸命ページをめくるケンタ。いつの間にか、そいつもケンタの横で一緒にページを見入っている。ケンタは、この光景が変な気がしたが、ともかく気にせずページをめくることにした。
あまりにいろいろありすぎて、よくわからない。でも、手もない、足もない、鱗(うろこ)もない、しっぽもない、いまいち、似たものが見つからない。
ふとケンタの手があるページで止まる。ネス湖のネッシーのページだ。
「あれ、これ! さっき、首を伸ばしたところなんて、そっくりじゃない、超似てる・・・、肌もツルツルしてそう」
しかしその写真はぼやけていて、色もなにもわからないのだが・・。ケンタはそいつと図鑑の写真を一生懸命に見比べる。
「図鑑のほうはずっと首が長いけど、きっとこれは大人なんだよ。君はさっき生まれたばかりだから、いつもは短いけど、大きくなったら長くなるかもね・・」と自分を納得させてから、
「ねえ、これ、似てるだろ、君、このネッシーの子どもじゃないの?」
ケンタはそいつに図鑑を見せながら話しかけた。
分かっているのかいないのかも、いまいち、よく分からないのだが、そいつが「くぉーん」と鳴いて、図鑑を持っているケンタの手をぺろっと舐めた。
一瞬ケンタはびくっとしたが、舐められて、ケンタは一瞬ふわっっとチョコレートの味と香りに包まれた気がした。なんとも甘くて柔らかくて心地よい気持ちになった。
ケンタ「やっぱりネッシーなんだ!っふふふふ、でもなんだろ、不思議・・。チョコの味がするなんて、変なの」
というわけで、このお話の「そいつ」をこれから「ネッシー」と呼ぶことにする。
とはいえ読者諸君。ネッシーの由来があまりにつまらないことをお許し願いたい。なにか良い名前の由来がみつかればぜひ連絡をお願いする。
さて、ネッシーはまた嬉しそうにケンタの手をもう一度舐めた。またケンタはチョコ味を感じて幸せな気分になった。
「さっきと同じ、やっぱりチョコの味がする? ねえ、君って舐めるとチョコの味がするの?」
ネッシーはなにか嬉しそうにおしりを振ったりくるくる回ったり、ご機嫌ぽい。
「ふふ、おかしいや、怪獣図鑑に載ってるわりには、とっても可愛いんだね、でもどこから来たんだろ・・・、よくわからないけど、ネス湖って日本じゃなくて、すごーく遠いところなんだよね・・」
ふと、ネッシーが出てきた割れたカプセルを見た。
そう、引っ越しの日、ポケットに入れた(あれ)だ。
「ぼく、すっかり忘れてた。」
ネッシーはケンタを見たが、すぐケンタの部屋にあるものがいろいろ気になって、キョロキョロし始めていた。
「もしかして、津波と一緒にネス湖から流れてきたとか・・?」
ネッシーは何も反応せずよく分かっていないらしいが、ともかくネッシーと言うことでそういう理由にしたかったらしい。
「うん、きっとそうだ、それってすごいなー」
自分で理由を探り当てたことに一人で満足したケンタだが、ネッシーは聞いちゃいない。
部屋にちらかっているゲームのコントローラーを頭で触ってみたり、ヒュルッと首を伸ばしてゴミ箱の中をのぞいてみたり、かと思うとまたケンタのところへ戻ってきて、ケンタにじゃれ始めた。
ケンタの肩にぴょんと飛び乗って、耳たぶをパクッと軽くんだ。次に頭にジャンプしたあと、またケンタの肩に降りてきて、ケンタの腕を滑り台のようにしてコロコロ滑り降りてくる。
ネッシーは目が回ってフラフラよろよろ。
「うっふふ、 ふふ・・」
ケンタも楽しそうに、そんなネッシーにつっついたりくすぐったりして、ちょっかいを出す。
(怪獣ネッシーだろうといいや・・、なんかすごく可愛いし・・。ともかくママには内緒にしとこう)とケンタは思う。
そのうちネッシーは、どんどん活発になって、最初はプニュプニュ歩いていたのが、急に芋虫のようになって机の脚を登っていった。
ケンタの机の上には、食べかけのチョコの箱が宿題のプリントとともにごちゃごちゃ置いてあった。
ネッシーは、すぐに食べかけのチョコの箱を見つけて、スルスルっと首を伸ばして、残っていたチョコをあっという間に食べてしまった。そして嬉しそうに「くぉーん」と鳴いた。ネッシーの首がそのとき伸びたようにケンタには見えた。
ひととおり机の上を探検したネッシーは、今度はボールのように丸くなってぽーんとケンタの方にジャンプしてきた。
もう、そんなネッシーにケンタもあまり驚かなくなった。
ネッシーはケンタの手を舐めたり、頬を舐めたり。そのたびにケンタがまたチョコ味に包まれる。
ケンタは幸せな優しい気持ちに包まれた。ケンタもネッシーの喉をなでる。ネッシーも「クゥクゥ」言って甘えた声を出した。
ケンタはネッシーがほんとにネス湖のネッシーなのかなど、もうどうでもよくなってしまった。ただ、ずっと一緒にいたいと思った。
しばらく遊んで、お菓子も食べ尽くしたころには、ベッドの上でぐっすり眠ってしまった。