いつもと同じ朝、しかしケンタの部屋だけは少し違う。ネッシーがケンタのベッドで小さな体で寝ている。見た目には、小さなぬいぐるみにしか見えない。
ケンタは、朝起きたとき、昨日のことが夢かと思った。でもベッドの上には、そのピンク色の小さなぬいぐるみが、クークー寝息を立てている。
ケンタはうれしさがこみ上げてくる。本当は学校なんて行きたくない。でも行かないとすぐ学校から母親に連絡が入ってしまう。ケンタは、さっさと授業を終えて帰ってくるなんて分けない、と思って学校に行くことにした。
そっとベッドから離れると、ケンタは素早く着替えてランドセルを持った。もう一度ネッシーを見る。ネッシーは相変わらずベッドの上で寝ている。
(ママにみつかるかもしれないな)
ケンタはそう思って、ネッシーの上に掛け布団を掛けてネッシーを隠した。そして、一気に下へかけ降りていった。
ところがネッシーは、暑いのか、にょろにょろと布団の上に這い出てきて、掛け布団の上で、またすやすや寝はじめた。下ではケンタの母親の声が聞こえる。
「ケンちゃん、ハンカチ持ったの?」
「持ったよ」
ネッシーは片目を開けるが、動じないでさらに寝ている。下ではさらに声がする。
「ママ、今日も夜遅いから、ご飯食べてお風呂入って寝ててね。」
「うん、わかってる」
「早く寝るのよ」
「わかってるよ!!」面倒くさそうにケンタが怒鳴ってドアをバタンと閉めて学校へ行くのが聞こえる。
ケンタはあまり母親と話すのが好きではない。いや、ケンタは母親のことが本当は大好きなのだ。それなのに、どうしてもうまく話せない。だからそのもどかしさがケンタをイライラさせてしまうのだった。
しばらくして、階段を上がる音がする。母親がケンタの部屋にあがってきたのだ。ところが、ネッシーはベッドの上ですやすや寝ている。散らかっているお菓子の袋をつまんでゴミを片付けて、ふと母親がベッドの上のネッシーをじっと見つめた。
もしや、気づかれたか?
「ふふ、ケンちゃんもまだまだ子供ね」母親が独り言を言った。どうやらネッシーをぬいぐるみとしか見ていないようだ。母親はそのまま下へ降りていった。ネッシーは片目を開けてその音を聞いていた。
その日の夕方。ケンタは、普段の学校からの帰り道がこれほど長く感じたことがないくらい、
猛スピードで走っていた。
(ネッシーがいなくなっていたらどうしよう、もう会えなくなったら)そんな気持ちが抑えきれなくて、とにかく無我夢中で家に向かった。肩で息をしながら、鍵をさす。鍵を開けるのさえイライラするくらい、早く家に入りたい。玄関が開いて、ケンタは靴もそのまま脱ぎ捨てて、階段を駆け上がった。
「ネッシー、ただいま!!」ドアを思い切り開ける。
ネッシーはベッドの上にちょこんと座っている。
そしてネッシーは、嬉しそうにおしりを振った。
「よかったー!待っててくれたんだ!!!」
ケンタがネッシーをギュッと抱きしめる。ネッシーが苦しそうに首を左右に振る。ネッシーの体の色がグレーに変わった。
ケンタは「わあ、ごめん!!」と言って、慌てて腕を外した。
ネッシーは、くるくる一回転して、なにかをアピールしている様子。
ケンタは昨日の様子から、これはお菓子をねだっているのだとすぐ分かった。
「お腹がすいてるんだね!待ってて。今、すぐお菓子を持ってくる」
ケンタはすかさず下に降りて、台所にあるありったけのお菓子を持って階段をかけあがってきた。
ネッシーは待ちきれない。お菓子の袋をパクッと加えて食べようとする。
「ちょっと待って!待って!!」とケンタはネッシーを押さえて、袋を開けてあげる。
ネッシーはすごい勢いで、お菓子の袋に頭を突っ込んでむしゃむしゃ食べ始めた。ポテチを食べ終えると、今度はおせんべいを袋に体を突っ込んで食べている。袋からはネッシーのおしりだけが出ている。おしりがどんどん大きくなって、ネッシーの体がバスケットボール大まで膨らんだ。
ケンタがその膨らんだお腹をつっつくと、ネッシーがゲップをしてケンタを笑わせた。
しばらく二人で遊んでいたが、ネッシーがふと動きを止めてケンタをじっと見つめる。最初、なにか分からなかったが、ケンタのお腹がキュルルーとなった。ケンタはネッシーの気持ちがすぐ分かった。
「お腹すいたね」ケンタはネッシーにそういってあたりを見回す。すでにお菓子は二人で食べ尽くしてなにもない。お菓子袋が部屋中に散乱している。あたりも暗くなってきた。
「そうだ、一緒に晩ご飯を食べよう。」
ケンタは階段を下りていった。ネッシーに足はないが、ニョロニョロスイスイ、ケンタの後ろをついて行った。