冷蔵庫にコロッケがあった。母親が昨日、ケンタの晩ご飯用に買ったお総菜だ。コロッケを電子レンジで温めようとするケンタの横から、ネッシーがいきなり首をながーくしてお皿の中のコロッケを一口食べてしまった。
「もう、ネッシー、ちょっと待ってよ」ケンタがお皿を取り上げようとするが、ネッシーは待ってくれない。ケンタの持っている皿にぴょんと乗って、残りのコロッケをあっという間に全部食べてしまった。
顔にコロッケのパン粉をあちこちつけたネッシーは、お皿から飛び降り、テーブルの上で機嫌良く「クオーん」と一鳴きする。体も少し大きくなっただけでなく、ピンク色も濃くなったようだ。
しかし、これにはさすがのケンタも、ちょっと呆れるとともに怒ってしまった。だって、晩ご飯のおかずがすべてなくなってしまったのだから。
「ご飯のおかずなくなっちゃったじゃないか。これ、ぼくの晩ご飯だったんだよ。」
ネッシーもケンタの気持ちに気づいたようだった。
ネッシーはシュンとして、気持ちと一緒に体のほうもみるみる小さくなって、しょげて、申し訳なさそうにしている。ピンク色も少しくすんでしまたような。
そんなネッシーの様子に、ケンタの怒る気持ちはおさまったのだが、ケンタのお腹の虫だけは、いっこうにおさまらない。さっきからずっと鳴りっぱなしなのだ。
「もう、仕方ないなあ・・」といって、ケンタは冷蔵庫を開けた。ネッシーもケンタの肩に乗って一緒に冷蔵庫をのぞき込む。
興味津々のネッシーは体を小さくして、ケンタの肩から冷蔵庫の中をのぞき込む。
ケンタが急に元気になった。ばたんと冷蔵庫の扉を閉めて取り出したのは卵とハム。
「これでチャーハンを作ろう!」とケンタは楽しそうに言った。
「ネッシーも食べる?」と聞くと、ネッシーは嬉しそうにちょろちょろとはしゃぐ。
ケンタは、踏み台を使って包丁でハムを切り、卵を割ってフライパンに流し入れ、ご飯をあとから一緒に炒めた。ネッシーは、興味津々で、ケンタの肩に乗りながらその様子を見ていた。
チャーハン、それは小学校5年生のケンタが唯一できるものだった。そして、それはずっとずっと昔のケンタと、今は離れてしまったケンタの父親との思い出のメニューでもあった。
テーブルの上にはお皿に盛りつけられたできたてのチャーハン。
ケンタはチャーハンをもりもりスプーンで食べている。並んでネッシーもお皿の前にちょこんと座って、首を伸ばしながらもりもり食べはじめた。
しかし、ネッシーはあっという間に食べ終わってしまった。ケンタがまだ食べている横で、ネッシーは別のお皿をじっと見つめている。もう一つのお皿には、母親のために残したチャーハンが残っていたのだ。
と、そのお皿めがけて、ネッシーの首がヒョロヒョロっと長くなって向かっていった。
気づいたケンタが、「ネッシー、だめ~!それはママの分だよ」と、ママのお皿を持ち上げた。
ケンタの声と雰囲気で、ネッシーはいけないことだと分かったらしい。シュンとなって首を縮め小さくなった。また表情が悲しげだ。
ママの分のチャーハンを冷蔵庫にしまって、ちらっと見ると、ネッシーはまだしょげている。
ネッシーのしょげかえった姿は、ケンタには慣れっこだったが、でもそのしぐさはとてもかわいい。
「ネッシーは食いしん坊なのだね。しょうがないなあ、ちょっとあげるよ。」
と言って、自分の残りのチャーハンをすくってネッシーの口元に持っていった。
ネッシーは、上目使いに、ちょっとはにかみながら、でも嬉しそうにパクッと食べた。
とたんにネッシーが思いっきり笑う。美味しい気持ちか、ケンタの優しい気持ちへのお返しか、ネッシーの体が、一瞬いろいろな色に変わったように思った。そして、ネッシーは首を長くしてケンタの頬をペロンと舐めた。
チョコの味がした。でも、チャーハンの味と油にまみれてチョコの味とチャーハンの味が混ざったような味が浮かんできた。
さすがにへんてこな感じ。でもケンタの心は、ふわぁっとしてなんとも優しい気持ちになった。
(そうそう、ネッシーに舐められるとチョコの味や匂がするのだった。)
それに、体の形を変えられるだけじゃない。体の色も濃くなったり薄くなったり、しゅんとするとグレーっぽくなるのだということも発見した。
(ネッシーって、いったいなんなのだろう。)
ケンタはふと思ったが、考えるのが面倒なのですぐやめた。だって、ひとつだけ、はっきりしていることがケンタにはわかっているから。ケンタはネッシーが大好きになってしまったことだけは間違いない。