「(ネッシー戻ってこい)」ケンタは小さな声で叫ぶが、ネッシーは、ケンタの気持ちなどまったく意に介さず、聞く様子がない。
ケンタはただただハラハラしながら、ネッシーを見つめていた。端から見ると、ピンクの芋虫が床をはっているように見える。ピンクはちょっと変だがじっと目をこらさないと気づかないほどの小ささだ。
ネッシーは、床をはって、隣の席の椅子の机の脚下をすり抜け、まっしぐらに窓のほうへ向かった。
窓には、水槽が置いてあって、クラスのこどもたちが2匹の金魚を飼っていた。
ネッシーは金魚に会いに行ったのだ。水槽までたどり着いたネッシーは、みるみる首を伸ばして、泳いでいる金魚を水槽ごしに見つめた。
すぐ泳いでいる金魚たちと目が合った。
金魚「!」
ネッシー「♡」

金魚は驚いてまるで水槽から飛び出しそうなぐらい激しく泳ぎ回り、ネッシーはその動きを追ってみるみる首が長くなり、自分で首を絡ませてしまう。
「ネッシー!!!」
それを見ていたケンタが思わず声をあげてしまう。
「ケンタくん、何? どうしたの?」と先生。みんなもびっくりしてケンタを見た。
みんなの注目を浴びて、かなり焦るケンタ。
「あっ、あの、ネっ、ネっ、外をなんか横切ったような・・・」と水槽とは反対の前の方の窓を指しながら、必死に取り繕う。
「なんかって? どこ?」
「あっ、いや、あ、あの辺かな~・・・・・・」もうヤケだ。

先生とクラスの生徒達が一斉にケンタが指さした窓の外の方を見る。指さしたケンタが横目でちらっと水槽を見ると、ネッシーは水槽の陰にちゃんと隠れていた。
「なにもないじゃない。ちゃんと授業を聞きなさい!!」
「ほら、みんなも、ちゃんと集中して!」教室のざわめきが、先生の声で収まっていく。
「は、はい・・」ケンタの声にならない声が返事をした。クスクスっとケンタを笑う声もするが、ケンタの心臓はまだバクバクしていて、そんなことを気にする余裕はない。
みんながまた先生の方に注意を向け、先生も黒板のほうへ向かったのを見て、ケンタは教科書ごしに水槽のほうへ目をやった。

ネッシーはしばらく水槽の金魚を見ていたが、飽きたのか、またこちらのほうへ芋虫のようにして教室の床をはって戻ってくる。あと少しでケンタの列だ。
もう少しでケンタの机のところへ帰る途中、突然、ネッシーは向こうからやってきた先生に踏みつぶされた。
「ウワあああーーー!!!!」
ケンタは尋常ではない叫び声をあげた。それに驚いて、みんながケンタの方を見た。
先生「ケンタくん!! 今度はなんなの!?!!」
ケンタはネッシーを必死に見つめている余り、後ろからやってくる先生に気がつかなかったのだ。先生は、体中で怒っているように見えた。
しかしケンタはもうそんなことはどうでもよかった。ただただ、先生の足で踏みつぶされてしまったネッシーがいると思われる先生の足下を、呆然と見つめていた。
つづく